聖書;マタイの福音書5:1−2 日時;2009.9.6
マタイの福音書5,6,7章はイエス様が神の御国の王として御国の民であるクリスチャンに語られる垂訓です。これは、天の御国で生きるべき者の生活は何であるか、という真理です。今日から山上の説教を通して、イエス様が求める真のクリスチャンの生活を送りましょう。
T。山上の垂訓はキリストの弟子たちに教える教訓です。
1節を読みましょう。「この群衆を見て、イエスは山にのぼり、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。」1節、2節は山上の垂訓の序論であり、5章3節から7章29節までのみことばを解きほぐす大切な鍵です。イエス様は弟子たちに御国の福音を解き明かし、幸福への道をおもむろに語り始めています。イエス様のみもとに来た弟子たちはどんな人でしょうか。社会的に偉い人はだれもいません。しかし、彼らには共通点があります。「自分のいのちさえも捨ててキリストに従う者です」(マタイの福音書10:39)。イエス様の呼びにすぐ答える人です。彼らはものごとを単純に考える人たちです。イエス様が呼んだ時、すぐ従った人たちです。
私たちは「世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び・・・」(エペソ人への手紙1:4)、神様の一方的な恵みによって救われました。大切なのは、クリスチャンがこの地上でどう生きるべきか、ということです。それがイエス様が教える山上の垂訓です。天の御国の大憲章です。
U。山上の垂訓は聖徒の信仰生活の基準です。
1節、2節を見ますと「イエスは山に登り、おすわりになり、そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、」とマタイはその当時の状況を生々しく描いています。今、イエス様は権力の象徴であるエルサレム宮殿の王座に座って教えるのではありません。静かな山に登って弟子たちに天の御国の幸せについて語っています。イエス様が語る‘福音’とはギリシャ語で‘ユアンゲリオン’と言います。良い知らせ、幸いな知らせ、喜びの知らせであるGOOD NEWSです。イエス様が教える山上の垂訓は、クリスチャンたちがどう生きるべきか、すなわち神の御国の生活の規範であり、信仰生活の基準です。神様が求めるクリスチャンの生き方です。
V。山上の垂訓は霊的な世界の規範です。
イエス様が教える山上の垂訓の核心は「彼らのまねをしてはいけません」(マタイの福音書6:8)というみことばです。この世の暗闇の奴隷として生きる者と神の子どもとして生きるクリスチャンの生き方の違いについて語っています。聖徒が生きる価値基準は霊的な世界、すなわち神の御国への希望をもって生きることです。この霊的な世界の規範として与えられているのが山上の垂訓です。
神の御国の幸せは、聖書を基準として測定します。他人中心に生きるのがイエス様が教えるクリスチャンの幸せの基準です。この世の人たちは「何を食べるか、何を飲むか、何を着るか」(マタイの福音書6:31)に心配し、現世の肉体的で物質的なものに幸せの規範を置きます。しかし、クリスチャンは「神の国とその義をまず第一に求め・・・」(マタイの福音書6:33)と霊的な世界の基準に幸せの価値観を置きます。
この幸せはイエス・キリストのうちにあり、天の御国の市民となったクリスチャンだけが享受する幸せです。この山上の垂訓のみことばを通して永遠の世界、神の御国の幸せを慕い求め、実際、この世で、神の御国の幸せを味わう生活を送りましょう。
皆さんは御国の民として霊的な幸せと平安を享受したいですか。天の御国の生活を実際この地上で味わいたいですか。イエス様が約束された御国の報いを頂きたいですか。これから山上の垂訓のみことばからその答えを探っていきましょう。(文責 韓在國牧師)