椎名町教会

9月27日 メッセージ


『柔和な者』

聖書;マタイの福音書5:5    日時;2009.9.27 


 イエス様は3番目の幸いとして「柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです」(マタイの福音書5:5)と語っておられます。今日は皆さんとともに「柔和な者」という題を通して、第一にまことの柔和とは何か。第二に柔和な者とはどんな人か。第三に柔和な者は地を相続する。という内容で恵みを受けたいと思います。


T。まことの柔和とは何でしょうか。

 「柔和」はギリシャ語では「プラウス」と言い、「謙遜な」、「温柔な」、「親切な」、「優しい」という意味を持ちます。ユダヤ人は「柔和」ということばを社会的に地位が低い僕や奴隷が労働や苦難に耐え忍ぶ時に使います。ですから「柔和な者」が政治、経済、社会的に地位を持って、国家や社会に影響を与えるというのは彼らには想像もできません。イエス様の「柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです」という説教を聞いた当時のユダヤ人たちは衝撃を受けたに違いありません。

その当時、ローマの支配下にあったユダヤ人たちは、メシアが来られ、ローマの支配から自分たちを解放し、イスラエルが全世界を支配する王国を建て上げてくれることを望んでいたのです。しかし、彼らの期待とは裏腹にイエス様は「わたしは心優しく、へりくだっているから・・・」(マタイの福音書11:29)と、ご自身が柔和な者であることを明らかにしました。このように「柔和」とはイエス・キリストの品性を表します。神の御国の相続が約束された聖徒が持つべきまことの柔和とは何でしょうか。貧しい心、謙遜な心です。神を信頼し、従順に従う心です。

U。柔和な者とはどんな人でしょうか。

 神の御国の相続を受ける柔和な者とはどんな人でしょうか。イエス・キリストから学ぶ者です。マタイの福音書11章29節後半で「・・・わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます」と、イエス様は言われました。イエス様から学ぶ柔和な者は、自分の考えを主張せず、神のみことばに従います。自分の名誉を求めず、神様と他人の喜びのために自分を捧げます。イエス様から、謙遜を学びます。十字架の愛を学び、隣人を自分のように愛します。許せない者さえも赦すことを学びます。また、聖霊によって新しく生まれ変わる者です。聖霊の実の一つは「柔和」(ガラテヤ人への手紙5:22-23)です。最後に、神様に支配される者です。神様の支配の下で生きるのがクリスチャンです。

このように、イエス様から学び、聖霊によって新しく生まれ変わり、神様に支配される者だけが神様から約束された地を相続することができます。私たちは柔和な者として神様から使命が与えられています。それは、神の国を広げ、天の御国の平和を築き上げることです。

V。柔和な者は地を相続します。

 なぜ、柔和な者は幸いでしょうか。その人は地を相続するからです。「わたしは、この地をあなたの所有としてあなたに与える」(創世記15:7)と神様はアブラハムに約束されました。このカナンの地は天の御国の模型であり、影です。アブラハムは柔和な者です。甥であるロトに「・・・もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう」(創世記13:9)と言い、羊飼いたち同士の争いから、平和の解決を模索しました。神様はモーセに対して「さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」(民数記12:3)と、評価しておられます。イエス様は「わたしは心優しく、へりくだっているから・・・」(マタイの福音書11:29)と、ご自分について述べておられます。このように柔和な者は神様の約束の地を相続することがわかります。

柔和な者が地を相続するということは、永遠の命を頂く約束です。この永遠の命はイエス・キリストの復活の命です。神様の子どもとなる約束です。キリストとの共同相続人になることです。「・・・私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります」(ローマ人への手紙8:17)。天の御国に入る約束です。「しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます」(ペテロの手紙第U3:13)。


地上の幸いと平和は一時的で、変わりやすいですが、天の御国の幸いと平和は永遠で不変です。この世で神の恵みを頂き、イエスの再臨の時には神の御国を相続する聖徒になりましょう。(文責 韓在國牧師)